葬儀の現場にいると、スタッフ同士がインカム(無線)で不思議な会話をしているのを耳にしたことはありませんか?
「社長は山に行かれました」「これからドライ交換に入ります」など、一見すると会社の業務連絡のように聞こえます。
しかし、この「社長」は会社の代表のことではありませんし、「山」もキャンプ場のことではありません。
これらはすべて、遺族に余計な気を遣わせないため、そして業務をスムーズに進めるために生まれた業界特有の「隠語」です。
ここでは、葬儀業界の裏側で飛び交う隠語の意味と、なぜそのような言い回しをするのかを、現場のリアルな事情を交えて解説します。
「社長は山に行っております」という隠語の本当の意味
もしお葬式の最中に「社長が山へ行った」と聞けば、多くの人は「偉い人がハイキングにでも行ったのかな?」と首をかしげるでしょう。
しかし、この言葉には葬儀の根幹に関わる、非常に重要な意味が隠されています。まずは業界で最も有名なこの隠語から紐解いていきましょう。
「山(ヤマ)」が指し示す具体的な場所
結論から言うと、葬儀業界で「山(ヤマ)」とは**「火葬場」**のことを指します。
「これから山へ向かいます」と言えば「出棺して火葬場へ行く」という意味ですし、「山から戻りました」と言えば「火葬を終えて戻ってきた」という意味になります。
現代の火葬場は街中にあることも多いですが、この隠語は昔からの名残で今も現役で使われています。
現場では以下のように使われます。
- 「山行き(やまゆき)」: 火葬場へ同行するスタッフや車両のこと。
- 「山番(やまばん)」: 火葬場で待機し、収骨(お骨上げ)を案内する担当者。
- 「山帰り(やまがえり)」: 火葬が終わって式場や会社に戻ること。
なぜ火葬場のことを山と呼ぶようになったのか
この呼び名の由来は、日本古来の葬送の歴史にあります。
かつて土葬が主流だった時代や、野外で火葬(野焼き)を行っていた時代、遺体を埋葬・火葬する場所は集落から離れた「山の上」にありました。
「おじいちゃんを山へ送る」という言葉がそのまま、現代の火葬場に行く行為へと引き継がれています。
建物が近代的な斎場になっても、葬儀社の人たちにとってそこは精神的な意味で「山」であり続けているのです。
実際にスタッフ同士で使われる会話の例
では、「社長」とは誰のことでしょうか?
これは文脈によりますが、多くの場合は**「故人様(遺体)」そのもの**、あるいはその現場を取り仕切る**「メインの担当者」**を指します。
もし「社長は山に行っています」という会話なら、「故人様を乗せた霊柩車が火葬場へ出発しました」という意味か、「現場責任者は火葬場へ同行中で不在です」という意味になります。
周囲に一般の方がいる場所で「遺体は火葬場です」と大声で言うのは憚られるため、あえてこのような隠語を使います。
- 社長(故人): 最も丁重に扱うべき存在としての隠語。
- 社長(責任者): 現場のトップという意味での隠語。
- 先生: 僧侶や神主など、宗教者を指すことが多い。
葬儀業界であえて隠語や専門用語が使われる理由
なぜ、これほどまでに多くの隠語が使われるのでしょうか?
単に「業界人っぽくてかっこいいから」ではありません。そこには、悲しみの中にいる遺族への深い配慮と、一分一秒を争う現場の切実な事情があります。
遺族に生々しい現実を伝えないための配慮
最大の理由は、ご遺族にショックを与えないためです。
葬儀の現場では、遺体の状態変化や、物理的な処置についてスタッフ間で共有しなければならない場面が多々あります。
例えば、「遺体が腐敗し始めています」や「腹水が出てきました」といった言葉を、家族の目の前で口にするわけにはいきません。
オブラートに包んだ隠語を使うことで、ご遺族の耳に入っても不快感を与えないよう、細心の注意を払っているのです。
- 直接的な表現を避ける: 「臭い」「溶ける」などは絶対禁止。
- 冷静さを保つ: 感情的な言葉を避け、業務として淡々と遂行するため。
スタッフ間の連絡をスムーズにする効率化
葬儀は時間との戦いです。
通夜、告別式、出棺と、分刻みのスケジュールで動く中、長い説明をしている暇はありません。
「これから葬儀式典の施行(せこう)を開始します」と無線で言うより、「セコウ入ります」と言ったほうが短く、聞き間違いも防げます。
ちなみに、一般的には「施行」は「しこう」と読みますが、葬儀業界では必ず**「せこう」**と読みます。これは「施工(工事など)」と区別するためとも言われています。
- 無線での聞き取りやすさ: 短い単語のほうがノイズ混じりでも伝わる。
- 指示の明確化: 専門用語を使うことで、具体的な行動が一発で決まる。
外部の人に内容を悟られないための守秘義務
葬儀には、家庭の事情や警察が介入する案件など、デリケートな情報が含まれることがあります。
エレベーターやロビーなど、部外者がいる場所で業務連絡をする際、具体的な内容を悟られないようにするのもプロの務めです。
「あそこの家は揉めている」といった内容をそのまま話すのは論外です。
隠語は、ご遺族のプライバシーを守るための「暗号」としての役割も果たしています。
警察やトラブルに関連する「色」を使った隠語
葬儀の現場には、時として警察が関わることもあります。
そんな時、スタッフたちは「色」を使った隠語で状況を共有します。この言葉が出ると、現場にはいつもと違う緊張感が走ります。
「白(シロ)」が入った時に発生する警察対応
業界で「白(シロ)」とは、**「警察」**のことを指します。
由来はパトカーの白黒ツートンカラーや、白バイ、あるいは警察官の制服など諸説ありますが、とにかく「警察案件」であることを意味します。
「今回の件、シロが入ります」と言われたら、それは「事件性があるかもしれない」あるいは「自宅で亡くなって死因が不明なため、警察の検視が必要」という合図です。
この場合、すぐに葬儀の準備はできず、警察の許可が出るまで待機しなければなりません。
- シロ案件の特徴: 死亡診断書ではなく「死体検案書」が必要になる。
- 対応の変化: 警察署まで遺体を迎えに行く必要がある。
病院ではなく警察署へ迎えに行くケースの違い
通常、遺体の搬送(はんそう)といえば病院からですが、「白」の場合は警察署の霊安室へ向かうことになります。
これを「警察迎え」と呼びますが、通常の病院迎えとは手順がまったく異なります。
警察署では遺体の処置(検視)が行われるため、長時間待たされることもザラです。
また、ご遺体の状態も、事故や孤独死などで傷んでいるケースが多く、スタッフは専用の納体袋や消臭対策の準備を万全にして向かいます。
突発的な事態を知らせる際の符丁
「赤(アカ)」や「黒(クロ)」といった他の色が使われることもあります。
会社によって定義は異なりますが、例えば「赤」は友引(ともびき)で火葬場が休みの日を表したり、「黒」は友引明けの混雑日を表したりすることがあります。
これらの色が無線で飛び交うときは、スケジュールの変更や、通常とは違う段取りが必要なサインです。
スタッフは色を聞いた瞬間に、瞬時に頭の中のスケジュール帳を書き換えて対応しています。
ご遺体の状態や処置に関する現場の用語
ご遺体をきれいな状態で送り出すことは、葬儀社にとって最も重要な任務の一つです。
そのため、遺体の保全や処置に関する専門用語は、非常に具体的でシビアなものが使われています。
「ドライ」が足りない時の緊急対応
「ドライ」とは、**「ドライアイス」**の略称です。
ご遺体の腐敗を防ぐために必要不可欠なもので、季節や遺体の状態によって10kg、20kgと使う量が変わります。
「ドライ追加お願いします」「ドライ交換行ってきます」という会話は日常茶飯事です。
ご遺族の前で「遺体を冷やす氷」と言うと生々しいため、あえて「ドライ」と短く呼ぶことで、事務的な響きにしています。
- ドライの処置: 首元やお腹など、血管が太い場所を中心に当てる。
- 注意点: 冷やしすぎると遺体が凍ってしまうため、調整技術が必要。
「メイク」や「復元」が必要な判断基準
故人のお顔を整えることを「メイク」や「死化粧(しにげしょう)」と呼びます。
さらに、事故などで損傷が激しい場合に、生前のお顔に近づける特殊技術を**「復元(ふくげん)」**と呼びます。
「メイクさん手配して」と言えば、専門の納棺師を呼ぶ合図です。
これは単なるお化粧ではなく、闘病で痩せてしまった頬に詰め物をしてふっくらさせたり、顔色を良く見せたりする高度な技術です。
納棺師が使う専門的な道具の呼び名
納棺(のうかん)の儀式では、一般の人が見慣れない道具がたくさん登場します。
これらも専門用語で呼ばれ、厳粛な雰囲気の中でテキパキと準備されます。
- アンコ: 棺の中で遺体が動かないように詰める綿や詰め物のこと。
- メンカ: 顔にかける白い布(顔伏せ)のこと。「面火(めんか)」とも書く地域がある。
- 旅支度(たびじたく): 白装束や六文銭、草履などのセット。
葬儀の日程や進行管理で飛び交う数字と略語
お葬式の日取りは、カレンダーを見ればすぐに決まるものではありません。
火葬場の空き状況や、宗教的な暦(六曜)が複雑に絡み合います。ここでは日程調整に関する隠語を紹介します。
「友引」や「六曜」がスケジュールに与える影響
カレンダーにある「友引(ともびき)」は、葬儀業界では要注意日です。
「友を引く」という字面から、この日に葬儀(特に出棺・火葬)を行うことは避けられる傾向にあります。
実際、多くの公営火葬場は友引を休館日にしています。
どうしても友引に火葬しなければならない場合は、**「友引人形(ともびきにんぎょう)」**という身代わりの人形を棺に入れる風習が残っている地域もあります。
日程を「スライド」させる具体的な状況
「スライドさせてください」という言葉は、**「日程をずらす・延期する」**という意味で使われます。
火葬場が満杯で予約が取れなかったり、お坊さんの都合がつかなかったりした時に発生します。
「1日スライドになります」と言われたら、お通夜と告別式が1日後ろ倒しになるということです。
この調整は非常に神経を使う作業で、遺族、宗教者、火葬場、式場、料理屋、すべてのスケジュールをパズルのように組み直さなければなりません。
「半通夜(はんつや)」と通常のお通夜の違い
最近増えているのが「半通夜(はんつや)」という言葉です。
通常のお通夜は夜通し(または夜遅くまで)行いますが、半通夜は**「夕方の2〜3時間程度で切り上げるお通夜」**のことを指します。
都市部では、防災上の理由や遺族の疲労軽減のため、お線香を夜通し番う(寝ずの番)習慣が減り、この半通夜スタイルが主流になりつつあります。
現場では「今日はハンの予定です」といった形で共有されます。
斎場や移動中に使われる車両・場所の呼び方
葬儀社は、式場の中だけでなく、移動中の車内やバックヤードでも常に連携をとっています。
場所や車両を指す言葉も、独特の略称が使われています。
霊柩車やマイクロバスを指す無線用語
車両関係の隠語は、無線連絡を短くするために使われます。
特に霊柩車は、単に「車」と呼ぶと他の社用車と混同するため、明確に区別されます。
- 「マル機(マルキ)」: 機材車の意味。祭壇や看板、テントなどを運ぶトラックやバンのこと。
- 「搬送車(はんそうしゃ)」: 病院へ迎えに行く寝台車のこと。霊柩車とは区別される(霊柩車は宮型やリムジンなど、式典用を指すことが多い)。
「釜(かま)」と呼ばれる場所とその扱い
火葬場の火葬炉のことを、業界では**「釜(かま)」**と呼びます。
「釜の点火時間は11時です」「釜前(かままえ)でお別れです」といった具合に使います。
ただし、この言葉はご遺族に対して使うにはあまりにも直接的で、工業的な響きがあります。
そのため、遺族の前では必ず「火葬炉(かそうろ)」と言い換え、スタッフ間の業務連絡でのみ「釜」を使います。
待合室やロビーで使われる場所の略称
大きな斎場では、複数の葬儀が同時に行われていることもあります。
スタッフが迷子にならないよう、場所も略称で呼ばれます。
- 「式中(しきちゅう)」: 今まさに葬儀が行われている式場の内部。
- 「導師控(どうしひかえ)」: お坊さん(導師)の控え室。「寺控(てらひかえ)」とも呼ぶ。
参列者が使ってはいけない「忌み言葉」と隠語の違い
ここまで紹介したのはスタッフが使う「隠語」ですが、参列者がマナーとして避けるべき「忌み言葉」とは別物です。
混同しやすいこの2つの違いについても触れておきましょう。
重ね言葉(ますます・たびたび)がNGな理由
お葬式の挨拶で「ますます」や「たびたび」といった**「重ね言葉」**を使ってはいけません。
これは、言葉を繰り返すことが「不幸が繰り返される」ことを連想させるためです。
- NGワード例: たびたび、くれぐれも、次々、再び、重ね重ね。
- 言い換え例: 「たびたび」→「よく」、「重ね重ね」→「深く」。
隠語はプロ用で忌み言葉はマナーの問題
スタッフが使う「隠語」は業務効率と配慮のためのツールですが、「忌み言葉」は一般常識としてのマナーです。
スタッフは業務中に隠語を使いますが、ご遺族への挨拶では当然、正しい敬語と忌み言葉を避けた表現を使います。
つまり、「隠語を知っている=葬儀に詳しい」からといって、一般の参列者が葬儀の場で隠語を使うのはマナー違反になりかねないので注意が必要です。
遺族に対して絶対に使ってはいけないフレーズ
隠語とは少し違いますが、遺族にかけてはいけない言葉の代表が「頑張ってください」です。
大切な人を亡くして、すでに極限まで頑張っている遺族に対し、これ以上何を頑張れと言うのか、と追い詰めてしまうからです。
また、「大往生でしたね」も、遺族が言うなら良いですが、他人が評価して言う言葉ではありません。
迷ったときは、「この度はご愁傷様です」や「お疲れの出ませんように」という言葉を選ぶのが無難であり、最大の優しさです。
葬儀担当者がこっそり使うお金や営業の隠語
最後は、少し生々しい「お金」に関する隠語です。
葬儀もビジネスの側面がある以上、売上や費用の話は避けて通れません。しかし、式場で「請求書」や「追加料金」といった言葉は大声で言えないため、符丁を使います。
グレードアップや追加注文を表す社内用語
祭壇や棺のランクを上げることを、社内では**「ランクアップ」**や特定の記号で呼びます。
例えば、松竹梅のようにプランにランクがある場合、「AプランからBプランへの変更」を「B変(びーへん)」と呼ぶなど、会社独自の略語が存在します。
これは、「高い商品を売りつけた」という印象を与えず、「お客様の要望で仕様変更があった」という事務的な事実として共有するためです。
お布施や心付けに関する金銭の呼び方
火葬場のスタッフや霊柩車の運転手に渡すチップを「心付け(こころづけ)」と呼びます。
また、お坊さんに渡す謝礼は「お布施(おふせ)」です。
これらのお金は、葬儀費用とは別に現金でやり取りされることが多いため、トラブルになりやすい部分でもあります。
「お布施の管理、お願いします」とスタッフ同士で確認し合うときは、現金の入った封筒そのものを指して「お布施」と呼ぶこともあります。
生花(きょうか)や供物の注文処理用語
祭壇の横に飾る名札付きの花を**「供花(きょうか)」**または「生花(せいか)」と呼びます。
「きょうか、一対(いっつい)追加です」というオーダーが入ると、大急ぎで花屋さんが名札を作ります。
この「一対」とは、祭壇の左右に1基ずつ、合計2基飾ることを意味します。
「1基(いっき)」なのか「一対(いっつい)」なのかは、金額が倍違うため、発注ミスが許されない緊張感のある用語です。
まとめ:隠語は「優しさ」と「プロ意識」の裏返し
普段何気なく耳にしていた言葉にも、実は深い意味があったことがお分かりいただけたでしょうか。
最後に、今回のポイントをまとめます。
- 「山」は火葬場、「社長」は故人や責任者を指す隠語。
- 隠語を使う最大の理由は、遺族に生々しい現実(腐敗やトラブル)を伝えないための配慮。
- 「白(警察)」や「ドライ(ドライアイス)」など、緊急性のある言葉も多い。
- 「友引」や「スライド」など、日程調整の専門用語も頻出する。
- これらの言葉は、葬儀を滞りなく進めるためのプロの道具である。
もし今後、お葬式の場でスタッフ同士の会話が耳に入ったら、「あ、今私たちのために裏方で動いてくれているんだな」と思い出してみてください。
不思議な言葉の数々は、故人様を無事に送り出すために奔走する、スタッフたちのプロ意識の表れなのです。
