大切な家族が旅立つとき、最後に何を着せてあげるべきか、どのように着付けるのが正しいのか、迷ってしまうのは当然のことです。
昔からの言い伝えや地域ごとのルールがあり、「間違ったことをしてしまったらどうしよう」と不安になる方も多いでしょう。
この記事では、故人に着せる着物の正しい合わせ方や、帯の結び方、そしてどうしても間違えやすい宗派ごとの違いについて、誰にでもわかる言葉で丁寧に解説します。
最後のお支度を自信を持って行い、安らかな旅立ちを見送ってあげるために、ぜひ参考にしてください。
まず結論!故人の着物は「左前」で着せて帯は「縦結び」にする
「亡くなった方の着物は逆にする」と聞いたことがあっても、いざ着せるとなると「どっちが上で、どっちが下だっけ?」と混乱してしまうものです。
まずは一番大切な、着物の襟(えり)の合わせ方と帯の結び方について、迷わないための正解をお伝えします。
そもそも「左前」とはどっちが上になる状態か
着物の「左前(ひだりまえ)」とは、着せられた故人から見て「左側の襟」が一番外側(上)に来る状態のことを指します。
正面から私たちが故人を見たとき、襟の合わせ目がアルファベットの「y(小文字)」の形に見えていれば正解です。
通常の着付け(生きている人)は「右前」といって、右側の襟を体につけてから左側の襟を上から被せますが、故人の場合はこの手順を逆にします。
「左の襟を先に合わせるのが左前」と勘違いしやすいのですが、言葉の意味は「左の襟が(相手から見て)手前にある」ということです。
- 右の襟: 先に体に合わせる(下になる)
- 左の襟: 後から体に被せる(上になる)
- 見た目: 正面から見て、襟元が「y」の字になっていればOK
帯を「縦結び」にする具体的な手順と形の整え方
故人の帯は、蝶結びのような横方向の結び方ではなく、結び目が縦になる「縦結び」にします。
これは、普段はあえて避ける結び方をすることで、「日常とは違う特別な状態(死)」を表現するためです。
手順はシンプルです。帯の両端を持って一度ぎゅっと結んだら、本来なら蝶結びにするために横に広げるところを、そのまま縦方向に引っ張って固結びのような状態にします。
帯の先が上と下にピンと伸びている状態を作るのがポイントです。
- 結び方: 帯の両端を交差させて一度結ぶ。
- 仕上げ: 横に広げず、縦方向に強く引いて固定する。
- 向き: 帯の端が、それぞれ顔の方と足の方へ向くように整える。
うっかり間違えやすい「右前」との見分け方
もっとも簡単な確認方法は、**「自分の右手が、故人の懐(ふところ)にスッと入るかどうか」**を試すことです。
もし、あなたの右手が襟の合わせ目にスムーズに入れば、それは「左前(故人の着付け)」になっています。
逆に、手が引っかかって入れにくい場合は、通常の「右前」になっている証拠です。
特に、洋服を着慣れている現代人は「ボタンホールがある側が上」という感覚があるため、男性の故人に着せる際にうっかり通常の「右前」にしてしまいがちです。
着せ終わった後に、必ず「右手が懐に入るか」のチェックを行ってください。
なぜ逆にするの?「左前」と「縦結び」に込められた2つの理由
「どうしてわざわざ普段と逆のことをするの?」と不思議に思うかもしれません。
これには、日本人が古くから大切にしてきた「あの世」に対する考え方と、明確な歴史的な背景があります。
「あの世はこの世と逆の世界」という逆さごとの思想
日本では昔から、「あの世(死後の世界)は、この世とはあべこべの世界である」と考えられてきました。
そのため、葬儀に関することでは、日常の習慣をすべて逆にする「逆さごと」という風習が生まれたのです。
着物の襟を逆にするだけでなく、屏風(びょうぶ)を逆さに立てたり、お湯に水を足してぬるくする(通常は水にお湯を足す)「逆さ水」を行ったりするのも同じ理由です。
「ここからは、私たちとは違う世界へ行くのですよ」という区切りをつけるための大切な儀式なのです。
不幸が二度と繰り返さないように願う「結び目」の意味
帯を「縦結び」にするもう一つの理由は、「ほどけやすくする」または逆に「ほどけにくくする」という二通りの願いが込められています。
縦結びは一度きつく締めるとほどけにくいことから、「不幸が二度と繰り返さないように」「魂がこの世に戻って迷わないように」という意味があります。
また、昔の人は帯を簡単に解くことで「あの世への旅立ちをスムーズにする」とも考えました。
どちらにしても、普段の「蝶結び(=何度も結び直せる=不幸が繰り返す)」を避けることで、故人の安らかな成仏を祈っているのです。
- 蝶結び: 何度も結び直せるため、慶事(お祝い)に使われる。
- 縦結び: 一度きりで戻らないため、弔事(お悔やみ)に使われる。
奈良時代に定められた「衣服令」と庶民のルーツ
実は、着物の合わせ方が決まったのは、奈良時代の719年に出された「衣服令(えぶくりょう)」という法律がきっかけです。
この法律で「庶民は右前(右の襟を先にする)で着なさい」と定められたため、それと区別するために、死者には逆の「左前」で着せるようになったと言われています。
それ以前は、高貴な人は左前、庶民は右前など、身分によって着方が違っていた時期もありました。
この法律以降、「右前=生者(生きている人)」「左前=死者」というルールが日本全体に定着し、1300年以上経った今でも守られ続けているのです。
何を着せればいい?「経帷子」と「生前の着物」の違い
映画やドラマで見るような真っ白な着物でなければならないのか、それともお気に入りの服でも良いのか、迷うところです。
ここでは、伝統的な死装束と、最近の傾向について解説します。
白い着物「経帷子(きょうかたびら)」が持つ巡礼者としての意味
最も基本となるのは、白い木綿や麻で作られた「経帷子(きょうかたびら)」と呼ばれる着物です。
背中や裏地にお経や「南無阿弥陀仏」などの名号が書かれていることが多く、これは故人があの世へ旅立つための「巡礼着」の役割を果たしています。
白という色には「清らかさ」のほかに、「生まれたとき(産着)と同じ姿で帰る」「どの色にも染まる(新しい世界に馴染む)」という意味も込められています。
通常は葬儀社が用意してくれるセットに含まれており、納棺の際に着せてくれます。
故人が生前愛用していた着物や洋服を着せても問題ないか
結論から言うと、故人が生前気に入っていた着物や洋服を着せても全く問題ありません。
最近では、「自分らしい姿で送ってほしい」という希望に応え、愛用の着物やスーツ、ドレスなどを着せるケースが増えています。
その場合、まず下着として「経帷子」を着せ、その上から愛用の着物を羽織らせる(掛ける)のが一般的です。
もちろん、愛用の着物を着せる場合も、襟の合わせは「左前」にするのがマナーです。
洋服の場合は通常通りに着せますが、あまりにサイズが小さいものや、伸縮性のない素材は着せるのが難しいため、葬儀社のスタッフに相談してみましょう。
- 着物の場合: 経帷子の上から着せるか、上から掛ける。
- 洋服の場合: 締め付けの少ないゆったりしたものを選ぶ。
- 注意点: 厚すぎる生地は火葬の妨げになることがある。
エンディングドレスなど近年増えている新しい選択肢
最近では、死装束専用に作られた「エンディングドレス」という美しい衣装も登場しています。
これは、寝たきりの状態でも着せやすいように背中が大きく開く構造になっていたり、顔映りが良くなるような素材や色が使われていたりします。
ピンクや薄紫などの淡い色合いのシルク素材や、フリルがあしらわれたものなど、デザインも豊富です。
「真っ白な着物は寂しいけれど、普通の洋服だと着せるのが大変そう」という方には、こうした専用ドレスを検討してみるのも一つの手です。
【要注意】浄土真宗では「旅支度」をしないって本当?
お葬式のマナーで特に気をつけたいのが「宗派による違い」です。
特に浄土真宗は、他の宗派と大きく異なる考え方を持っています。
「死出の旅に出ない」という浄土真宗ならではの教え
多くの宗派では、亡くなった人は四十九日をかけてあの世へ旅をすると考えられていますが、**浄土真宗では「亡くなるとすぐに阿弥陀様のお力で極楽浄土へ生まれ変わる(即身成仏)」**と教えられています。
つまり、亡くなった後に苦しい修行の旅をする必要がないのです。
そのため、旅に必要な格好をする必要がなく、いわゆる「死装束」の概念が他とは異なります。
「三途の川を渡る」という考えもないため、旅のお金である六文銭を持たせることも基本的には行いません。
手甲や脚絆などの小物は着けずに数珠を持たせる作法
浄土真宗では、旅人の格好である「手甲(てっこう)」「脚絆(きゃはん)」「草鞋(わらじ)」「杖」などは身につけません。
その代わりに、白い着物(白衣)や生前愛用していた服を着て、手に「数珠(お念珠)」を持たせ、胸の前で合掌させる姿が基本となります。
葬儀社によっては、宗派を確認せずに一律で旅支度セットを用意してしまうこともあります。
もし菩提寺が浄土真宗であることがわかっている場合は、事前に「浄土真宗なので旅支度は不要です」と伝えておくと安心です。
- 付けるもの: 白衣(または愛用の服)、数珠(必須)。
- 付けないもの: 手甲、脚絆、草鞋、編み笠、杖。
襟の向きは「右前」か「左前」か?お寺による判断の違い
ここで一番迷うのが「襟の向き」です。
「旅に出ない=死者として扱わない」という理屈から、「生きている時と同じ右前(通常通り)で良い」とするお寺もありますが、慣習として「左前(逆)」にする地域やお寺も多く存在します。
こればかりは「浄土真宗だから絶対に右前」とは断言できません。
最も確実なのは、お付き合いのあるお寺様(ご住職)に直接確認することです。
わからなければ、葬儀社のスタッフはその地域の慣習を熟知していますので、お任せしてしまっても失礼にはあたりません。
家族の手で着せてあげたい!具体的な着せ替え手順
「最後くらいは、家族の手できれいに着せてあげたい」と願う方も多いでしょう。
しかし、亡くなった方の体は思うように動かないため、コツを知らないと大変な重労働になってしまいます。
硬直している体に着せるための「袖を通す」コツ
死後硬直が始まっている場合、腕を曲げたり伸ばしたりするのは難しく、無理に動かすと骨折の恐れもあります。
ポイントは、「腕を袖に通す」のではなく、「袖を腕まで手繰り寄せる」ことです。
- まず、着物の袖(そで)をアコーディオンのように手元までたくし上げ、輪っか状にします。
- その輪っかを、ご本人の手首から通します。
- 袖をご本人の肩の方へ向かって、スルスルと伸ばしていきます。
- 反対側も同様に行い、最後に背中の生地を整えます。
このように、ご本人の体を動かすのではなく、着物の方を動かすイメージで行うとスムーズに着せられます。
手甲・脚絆・足袋など「旅支度グッズ」を付ける正しい順番
旅支度の小物は種類が多く、どこの部位に付けるものか迷いがちです。
基本的には「足元から頭に向かって」付けていくと、着崩れを防ぎやすくなります。
- 足袋(たび): 白い足袋を履かせます。「こはぜ」がないタイプが一般的です。
- 脚絆(きゃはん): すねの部分に巻く布です。紐は縦結びにします。
- 手甲(てっこう): 手首から手の甲を覆うカバーです。
- 天冠(てんかん): 額につける三角の布ですが、最近は顔が見えにくくなるため付けずに棺に入れるだけのことも多いです。
これらも全て、紐を結ぶときは「縦結び」にすることを忘れないでください。
最後に「六文銭」を入れた頭陀袋を首にかけるタイミング
着付けが終わったら、最後に「頭陀袋(ずだぶくろ)」という布の袋を首からかけます。
この中には、三途の川の渡し賃と言われる「六文銭(現在は印刷された紙であることが多い)」が入っています。
袋をかけるタイミングは、すべてのお支度が整った一番最後が良いでしょう。
胸元に袋が来るように長さを調整し、ご本人の手に数珠を持たせて合掌させれば、旅立ちの準備は完了です。
棺に入れてはいけないものは?火葬場のルールとNG素材
「愛用していたものを全部持たせてあげたい」という気持ちは痛いほどわかりますが、火葬場のルール上、どうしても入れられないものがあります。
知らずに入れてしまうと、ご遺骨が汚れたり、火葬炉が壊れて火葬が中断したりするトラブルになりかねません。
燃え残って遺骨を汚してしまう「金属・ガラス類」
もっとも避けるべきなのは、燃えずに溶けてしまう素材です。
指輪や腕時計、ベルトのバックルなどの金属製品は、溶けてご遺骨に付着し、変色させてしまう原因になります。
また、眼鏡や小瓶(お酒など)のガラス製品も、熱で溶けて骨にへばりついてしまいます。
どうしても持たせたい場合は、納棺の時だけ身につけさせ、出棺(火葬場へ向かう前)のタイミングで取り外すのがマナーです。
- 金属: 指輪、時計、ネックレス、入れ歯、小銭。
- ガラス: 眼鏡、酒瓶、香水瓶。
炉の故障原因になる「カーボン製品」や「分厚い書籍」
意外と知られていないのが、ゴルフクラブや釣り竿に使われている「カーボン素材」です。
これらは燃やすとカーボンの繊維が飛び散り、火葬炉の電気系統をショートさせて故障させる原因になります。
また、辞書のように分厚い本や、大量のアルバム、分厚い布団などもNGです。
燃え尽きるまでに時間がかかりすぎたり、大量の灰が出て不完全燃焼を起こしたりするため、火葬場から断られるケースがほとんどです。
本を入れたい場合は、思い出のページだけを切り取って入れるなどの工夫が必要です。
愛用の着物でも「金糸・銀糸」が多い帯は避けるべき理由
着物は基本的に燃えるものですが、注意が必要なのは豪華な帯です。
特に、金糸や銀糸がふんだんに使われている帯や着物は、その金属部分が燃え残ってしまいます。
また、ポリエステルなどの化学繊維の割合が多い着物も、燃やすと黒い煤(すす)が出てご遺骨を汚す可能性があります。
愛用の着物を着せる場合は、なるべく天然素材(正絹、木綿、麻、ウール)のものを選び、金属の装飾が少ないものにするのが、きれいにご遺骨を残すためのポイントです。
きれいに着せる自信がない…プロの「納棺師」に頼むメリット
ここまで手順を解説してきましたが、「やはり自分たちだけでやるのは不安」「体が硬くなっていて怖い」と感じる方もいるはずです。
そんな時は、無理をせず「納棺師(のうかんし)」というプロに依頼することを強くおすすめします。
硬直を解いて生前の姿のように整えるプロの技術
納棺師は、死後硬直で固まってしまったご遺骨の関節や筋肉を優しく揉みほぐし、まるで眠っているかのような柔らかい状態に戻す技術を持っています。
ご家族では袖を通すのが難しかった服でも、納棺師にかかればスムーズに着せ替えてくれます。
また、病気で痩せてしまった頬をふっくら見せたり、顔色を良くする死化粧(エンゼルメイク)も施してくれるため、生前の元気だった頃の面影に近づけることができます。
最後のお別れの時に「きれいな顔をしているね」と言えることは、残された家族にとっても大きな救いになります。
湯灌(ゆかん)とお着替えをセットで依頼する場合の費用目安
納棺師に依頼する場合、お風呂に入れて体を洗う「湯灌(ゆかん)」とセットにするか、着せ替えとメイクだけにするかで費用が変わります。
一般的な相場は以下の通りです。
| サービス内容 | 費用の目安 |
| 死化粧・お着替えのみ | 3万円 〜 8万円 |
| 湯灌(入浴)・死化粧・お着替え | 8万円 〜 15万円 |
※地域や葬儀社によって金額は異なります。
決して安い金額ではありませんが、衛生的な処置も含まれるため、夏場や、亡くなってから火葬まで日数が空く場合は特に利用する価値があります。
葬儀社プランに含まれているか確認するポイント
最近の葬儀プランでは、最初から「納棺の儀」として納棺師のサービスが含まれていることもあります。
しかし、格安プランなどの場合は、納棺師ではなく葬儀社の一般スタッフが簡易的に行うだけの場合もあります。
見積もりの段階で、**「専門の納棺師さんが来てくれるのですか?」**と確認しておきましょう。
もしプランに含まれていなくても、オプションとして追加できることがほとんどですので、遠慮なく相談してみてください。
この記事のまとめ
故人の着付けは、単なる作業ではなく、大切な人を送り出すための最後の身支度です。
「左前」や「縦結び」といった作法には、すべて「安らかに旅立ってほしい」という優しい願いが込められています。
この記事のポイント:
- 着物は**「左前(左の襟が上)」**にし、正面から見て「y」の字になるように着せる。
- 帯は**「縦結び」**にし、結び目が縦になるように整える。
- 「左前」の確認は、自分の右手が故人の懐にスッと入れば正解。
- 浄土真宗では旅支度はせず、白衣や愛用の服に数珠を持たせるのが基本。
- 着せ替えが難しい場合は、無理せずプロの納棺師に依頼するのが安心。
作法も大切ですが、何より大切なのは「きれいにしてあげたい」というあなたの気持ちです。
もし完璧にできなくても、心を込めて整えてあげれば、その想いは必ず故人に伝わります。
葬儀社のスタッフにも助けてもらいながら、悔いのないお別れの時間をお過ごしください。
